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ごはんを勢いよく宙にあおって
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 2年前に熊本で知り合った人から、インドより持ち帰ったホーリーバジルを天草で育てていると、刈り取った種付の枝をお土産にいただいた。今年の春に芽出しをして植木鉢に育てたらぐんぐんと勢いよく伸びて、こんなにすてきな花をつけた。
 夏に、この葉っぱを摘んで炒めて食べる料理があることを夫が発見した。えっ、食べられるの? と驚く私に、タイのガパオライスのガパオってホーリーバジルのことらしいんだよねと。去年は暑いからとお昼にそうめんばかり食べて夏バテしたから、今年は元気出そうなエスニックランチにしよう。
 ちょいと枝を切って来ると外に出たので、御意、私はちりめんじゃことごはんを用意して、ニンニクと葱をみじん切りにした。枝を洗って葉をちぎった。夫は鍋に油をひいてニンニクの香りを立て、じゃこを炒めて酒をふり、ごはんを勢いよく宙にあおって、葱、ひとつかみのホーリーバジルを投げ入れ、塩胡椒で調味してナムプラーを仕上げにハイッ …oh it’s just a holy feeling, and is a taste of courage.
 この至福のウマさと効能を独り占めするなんて罰が当たりそうで、種取りをしたら10粒ほどずつ皆様にお分けしたく、欲しい人はどうぞメールをくださいな。

9月10日
 おとといの台風の後片付けをするために階下へ降りていったら、花壇に育ったバジルの葉先にまだ幼いトンボがとまろうとして、風に揺れるのでなかなかタイミングを合わせられない。練習練習、あとひと息だよと見守っていたら、西北から涼しい風がぴゅっと吹いて、どこかへ飛ばされちゃった。あ〜あ。夏は過ぎた。熱さと息苦しさの夏も、秋になれば妙に懐かしいようなせつない印象だけが残るのだ。diary photo
 ふとサングラスの脇から光線が射して、振り向けば後隣に座った女性の美しく日焼けした肌の上でゴールドのブレスレッドが輝いて。サンタモニカやヴェニスやカンヌの海辺のカフェで幻惑された光のごとき、夏のリアル、秋のイメージである。
 日本で見かけるのは文字通り黄金色でピカピカ冴え、比してインドの金は少し赤みを帯びて、これは18金の混合成分のうちの銅の比率が少し多いせいらしいが、夏の名残りの肌に馴染む。空気も澄んで朝夕の光の波長も変わった。
 深呼吸をした。この春からのマスク気分がすこし晴れる。そういえば、夏になれば感染は収まるといわれたが、勢い猛に世界を覆い尽くしたのだから、もしや、秋に空気の乾燥とともに拡大するという定説も覆すやもしれず。

9月20日
 空気もひんやりして、やがて蚊もいなくなるころ、大きな木の下に大きなテーブルを運んで、テーブルクロスをかけて、背筋をのばして座るクラシックな木の椅子をひとり一脚づつ持ち出して、お皿を並べて、深鍋を運んできて、スープを皿に注いで回って、中央には焼きたてのパン。冷たいバター。ああ、おなかがすいた。
 デスクワークに明け暮れる日々の遅い午後、パソコンで疲れた目を擦ってはいけないことを思い出し、ゆっくり閉じてまぶたの裏側に気持ちのいい景色を想像してみる。映像がくっきりと浮かんでくると、もはやその目をあけるのがもったいなくなって、両手を頭の後ろに組んだまま、背もたれに身体をあずけて夢想に耽った。diary photo
 外で食べる時のパンの味は、室内で食べるのより断然美味しい。何でもそうだよって言われるかもしれないが、特にパン独特の、醗酵した空気の層は、さらに焼き釜のなかでドウの張力いっぱい膨らんで、粉の香りが、指でちぎったときに外の冷たい空気と混じりあう、そのえもいわれぬ香ばしさを、鼻先にくっつけて思いっきり吸い込んで、ああ、天国って、体中をほぐされるような安らぎに包まれる。
 いつの日か、野外の風景の中で、そんなふうに親しい人たちと顔を会わせ、心ゆくまでおしゃべりをしながら食事ができるように。目を開けて仕事に戻った。