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織物工場へ
からだは天竺のリズムを覚えたようです。鈴の鳴るような小鳥の声に目が覚めて、ひんやりした空気を胸いっぱいに吸い込み、プールサイドでゆっくりと朝食をとれば、どんなに過酷な一日が待っていようと、幸せでいられるような気がします。そろそろかなと玄関へ出ると、ちょうどドライバーが迎えにきたところでした。まず風さんのオフィスへ。みんなに挨拶を交わし、それからお世話係の若い女性とともに1時間ほどのドライブです。やがて窓の外にはのどかな景色が広がり、ゆくてに建物の群れが見えてきました。
 
車はその建物の一角で速度をゆるめ、塀の間の狭いでこぼこ道をしばらくゆくと、レンガを粗く積み上げた高い塀の前で止まりました。中は見えません。塀の周囲には側溝があり、染料やら薬品やら泡などの混じった泥水が淀んでいます。「そのまま流してるのね」と私がいうと伴侶は「まだまだそんなことはだれも気にしていないよ」と。そう、まだまだです。発展の途上にあって経済成長が優先され、その弊害が問題にされるのはこれから何年も先になることでしょう。それはひと昔前に私たちが通ってきた道……。
 
ドライバーは車を降りて、鉄の扉に張り付くように背伸びし、覗き窓ごしに何やら話しています。戻ってきてしばらく待っていると、ギギギーッときしむ音とともに扉が開き、車をゆっくりと中へ進めます。お世話係の女性が振り向きながら「さあ、着きましたよ」と微笑んで、工場の建物の入り口へと向かいます。私たちも降りて、もの珍しげにあたりを見回していると、彼女が「こちらへいらっしゃい」と叫んで手招きしています。
 
建物は3階建てになっていました。彼女は階段の下で、1階は織物工場、2階は木版の捺染工場、3階は染色の工場があるから案内すると説明してくれました。まずは、トンカラリン、トンカラリンと機織りの音のする工場へ。たくさんの手機が列をなして並んでいます。男ばかり。黙々と織っています。おおかたはひとりで一機ですが、なかに、ひとつの織機の前にふたり並んで腰掛けて、背を丸めたままなにかに没頭しています。
 
近づけば、機にかかった霞のように薄い木綿の、細い経(たていと)を1本ずつ数えながら、太い糸を何目ずつか通します。一列が終わると経を交差させて、緯(よこいと)のシャトルを滑らせます。太い糸はふたたび経を数えながら定位置まで折り返したらパタン、そうやって第三の糸は幾何学模様をなし、浮き上がって見えます。あ、あの織物! それはあまりにも緻密な作業なので、ふたりは手の届く範囲で、左右の半幅ずつを受け持っているのでした。