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カンタの博物館へ
いつものように中庭で朝食を終えると、風さんのドライバーが迎えにきていました。オフィスに向かう途上、水路のある区画にさしかかったところで彼は、「ちょっと待ってください」と車を止めてしまいました。なにごとかしらと思う間もなく、車を降りるや疾風のごとく、小さな家並の露地へと消えてしまいました。「トイレかしら?」、「さあね」と私たち。水路では女たちが楽しそうにおしゃべりをしながら洗濯をしています。
 
そのうちのひとりが、車中の私たちを見つけると、みんなにそのことを告げて、目が合うとキャッキャッと笑い声を立てて……そんな他愛ないことが彼らの一大事なのです。家のあちこちにはカラフルな布が干され、朝日のなかで穏やかな風に吹かれていました。ふと、ドライバーが金属製のお重を手にさげてこちらへ駆けてきます。「おまたせ!」みたいなひと言を発すると軽やかに出発しました。「おべんとう?」と聞くとうれしそうに振り返って頷くので、「危ないから前向いてっ」。
「あったかそうだ」と伴侶。
 
風さんのオフィスでは、いつものお世話係の女性が私たちを待っていました。風さんからあれこれと指示を受けて、私たちを誘導します。彼女はドライバーに何かを言いつけて、先に乗り込みました。30分くらい街なかを走って、大きな館の前に着きますと、彼女曰く、ここはグルサディというベンガルの名士の、生前集めた所蔵品を自分の館に展示して、そこを美術館にしたものです。ベンガルがまだ西と東に分断されていなかったころの装飾品や道具や草書などの貴重な民族資料があるそうです。なかでもカンタのコレクションは秀逸と評判ですと。入り口で入場料を払って、靴を脱いで拝観しましょう。
 
彼女が口を開けば「……カンタという名の意味は、つなぎ目なしの布を作るとともにステッチで表現をする、典型的な刺繍付きキルトのテキスタイルのことです。女たちの手によって創造されたこれらの驚くべき生活芸術は天竺のいたるところで花開きました。ときに女たちは数ヶ月も数年も費やして、なかには数世代に渡って作られたものも見受けられます。これらの手の込んだ針仕事のキルトは、商業的な野望などなく、昔から受け継がれていた伝統を大切に思う存在だったそうです」。川のせせらぎのような柔らかい旋律で、自国の伝統を滔々と語るお世話係の講話に、私たちは聞き惚れておりました。