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像の鼻先に吊り下げた思い出のくつした
diary photo 画家のジョン・バーン(John Byrne)は1940年に生まれて、スコットランド、とりわけペイズリーの街が華やかなりし頃に青春時代を過ごし、その後もずっと織物産業に携わって芸術性を発揮していた。彼の思い出などをロングインタビューしたなかの一節が、一見他愛もないようだがなぜか気になって訳してみた。
 「僕は服が大好きさ。いつでも服を愛してきた。今も忘れないのは、小学校の頃に小さなボタンが2つ付いた襟付きのジャージーが大流行して、ずっと欲しかったこと…とうとうそれを手にすることはなかったけれど。服は人を雄弁に物語るものだよ。ありふれたどうでもいい服のことじゃないさ。ああいうのは、自分が世界のなかで生きているフィーリングも、見きわめも持ち合わせない人間だってこと以外に何も語らないからさ。」
 小さな頃の体験がずっと尾を引いて、像の鼻先に吊り下げた思い出のくつした。大人になっても、何かをするたびに綻び出る感受性のことを言っているのだ。
 今だから souvenir… your heart always be joyful. ひとの心を打つ。

10月10日
diary photo ローリエ、タイム、ローズマリー。我が家で育っているものはどれも香り抜群だと評判がいい。ひと枝を切り取ってなにげなく渡す、あるいは乾燥させたものを封筒に入れて知人に送ってみる。すると、お料理に使ってみたひとは必ず、こんなに優雅な香りははじめてですって感動のコメントが返ってくる。
 買ってきた苗がアタリだったということもあるかもしれない。というのも去年まで鉢植えで勢い良く育っていたオレガノは枯れてしまって、それに生葉を揉んでもドライにしても草の香りしかしなかった。地中海気候で育つオレガノは日本ではいい香りには育たないとハーブ研究家がおっしゃっていた。
 植えるならグリークオレガノというアドバイスに添って種を買って、本日最初の収穫がこれ、室内にて乾燥する。オレガノで葉の裏が紫がかっているのなんて初めて見た。嗅げばイタリア料理を思わせる香気と、かわいらしい枝葉のパターン。
 自然のものはどれも二つとして同じものはないといわれるけれど、同じ名前でありながら、これほどの違いを目の当たりにすれば、だれしも驚愕する。

10月20日
今朝、小川の散歩道を鳩がひょこひょこと、気がつけばもう一羽、番で道の両脇に分かれて歩いていた。インドのジャイプールにあるアンベールはイスラム建築の見事な城だが、めくるめく装飾の各部屋を取り巻く回廊の、梁と柱の接するところには縁起の良い、あるいは象徴的な動物の彫刻が施されている。diary photo
 インドといえば象が思い浮かぶが、象の装飾と隣り合わせの柱には鳩の彫刻もある。
 べんがら色の鮮やかさもさることながら、その存在感もただならぬものがあり、加えて口にくわえているものは何かしら、としばし佇む。西欧では鳩といえば平和のシンボルだが、イスラム教では少し様子が違って、情熱とか愛といった意味が優る。
 昔の物語の中では、鳩は禁じられたふたりが想いを託して運ぶ化身に描かれたりする。伝書的な役割と愛が情熱になって…ではこの口にくわえているポッドは、と改めて想像を巡らす。私たちの泊まっているホテルのキーリングにそっくり。
 きっと中に伝書が秘められているやもと、これが建築を観る楽しみである。