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ふと私たちを隔てる距離のことを考えた
diary photo 数年前の今ごろ、阿蘇を超えて大分へと明け方出発したものの、話に夢中になって道を見失ってしまった。突如ゆくての林から登場したカモシカの、道の真ん中に立ち止まり、こちらをじっと見つめて白い息を吐く姿が神々しかった。幻覚かも?
 佐賀関からフェリーに乗って九州を脱出し、愛媛への旅から持ち帰ったアップルミントが今年も芽吹いた。5月の翠に包まれて、ふと私たちを隔てる距離のことを考えた。
 遠くからクインテッセンスを訪れてくださる方、コロナで接客もままならなくなった時間のことを考えた。いつもそばにいて眺めるようにコレクションの細部を見える化する手だてはないものかと、私なりにSNSの活用法を工夫してみた。
 インスタグラムの Harumi Tsuda(@quintessence-harumitsuda)を訪ねてくだされば fresh mint leaves green apple flavor…いつでも私たちは時空を超えて。

5月10日
diary photo 連休が終わって世の中も静けさを取り戻すと、華麗な緋色を競った牡丹のあとの芍薬の白が、なんともいえぬ安らぎをもたらす。白といっても咲き始めはほんのりピンクがかっていて、すこしづつ色が褪せてゆく。よくできたペーパーフラワーのように、乾いた白の陰影のさざ波、あるいはカンバスに白いパステルで縁取って描いたような、生きた花とは思えない侘びた風情が漂ってくる。
 けれど確かに生きている証として、しゅっと伸びた茎と濃い緑の葉はつややかで堅い。まるでエドガー・ドガの描く踊り子のように姿勢よく水中でポーズをとっている。世界中が空を失ったような息苦しさに包まれていたこの春も変わらず巡る季節は、引き換えるもの無しに約束を果たす。かつて、なんでもないことのように見過ごしていた自然の営みには目を見張るばかりである。かたや、私の属する人間界は約束なき争い絶えず、ひどくみじめに感じられてやるせない。

5月20日
diary photo 5月の満月はフラワームーンと呼ぶらしい。大きな月が出たころ、東の空はまだ明るくて、くっきりと浮かんで見えていたが、しばらくすると覆う雲が月の輪郭をぼかし、それはそれで今ならではの風情だ。
 まるで青磁の碗のなかの白あんの汁に、白玉を浮かべたような景色である。そうは言ってもそれを食べたことなどない。
 はたしてそんな甘味があるのだろうかと疑問ではあるが、もしも手亡豆で作ったら、粒子はこの雲の流れのようにやさしげだろうし、ぼわんとして味わう薄甘は夏の火照りを癒してくれそう。フラワームーンと命名した冷製「甘白汁粉」にこの夏は挑戦してみたい。月をながめていると、いよいよ夏の宵が待ち遠しくなる。
 その前に梅雨のしたく。今年は長靴を注文したので、雨降りもまた待ち遠しい。